▼このブログについて(更新停止中)
2004〜2009年夏頃までの関西のコンテンポラリーダンス公演をメインとした目撃録です。その時期に関西であったコンテンポラリーダンス公演の8割方は観てると思います。その他、民俗芸能、ストリップ、和太鼓、プロレスなども。2000年の維新派『流星』から見始めて、多い年は年間270本。2007年は、エジンバラフェスティバル、ダンスアンブレラなど半年に渡る欧州漫遊の記。2010年以降もぼちぼち劇場には出かけていますが、更新する時間はなくなり現在放置中のブログです。


ダンスの時間 vol.12 selected five artists

2009年1月31日(土)14:00
@ロクソドンタブラック(阿部野)

今回初めて観た関典子にびっくりした。なるほど、以前はH・アール・カオスで踊っていたそうだ。

ヤサぐれ本のH・アール・カオスの項に、

作品のたびに世界をひとつ滅ぼすような密度の高い舞台を作るので、独特の価値観と美意識がハンパじゃない強さで迫ってくる。だが、きょうびのダンスに「生きているって素晴らしい」みたいなユルい充足感なんぞを求める方がどうかしている。「なんかヤバい、でも目が離せない・・・」そんな胸がザワつく興奮がないなら、ぼんやりパラパラでも眺めていた方がましだ。(『コンテンポラリーダンス徹底ガイドHYPER』p.158)

というくだりがあるのだが、それを思いだした。なにかイケない見世物でも見せられているかのような、背徳の快楽。。タイトルにある「刮眼」とは“眼をえぐる”という意味だ。

ダンサーとしては体も小さく線も細くて決して恵まれているわけではないが、それが逆に触れれば壊れてしまいそうな危うさを感じさせる。ポロっと体のパーツが外れ落ちてしまいそうで、実際に、球体関節人形のような尋常ならざる稼動の仕方を、各所の関節がしていた。

そう、関節。関節なんだよな。最近、橋梁構造の本なんかをよく読むのですが、そういうことを考えてると生物の骨格構造なんて悶絶もの。しかし、人間のダンスなんてのはその骨格構造の現実に囚われた世界の話でしかない。ハンス・ベルメールみたいなことは生身の体ではできないわけだ。この事実を前に歯痒い思いをするダンスアーティストも多いだろう(んなこともないか…制約があるからこそ面白いともいえる、でも新しい関節を作ったロシアのカンパニーは印象に残っている)。

関典子は神戸大学大学院に籍をおく研究者としての一面も持っており“ダンスにおけるシュルレアリズム(超現実)”に関する論文も多い。またこれからいろいろ観ていくのが楽しみなダンサーが増えました。

Momo Diri Marbleは「コンテンポラリーダンス・アイドルグループ(笑)」とパンフにある。たしかにアイドルでOK(承認)。まあ作品はアイドルどころか、ドッロドロでしたが。それぞれ大阪芸大出身とのことだが、たぶん幼少からバレエをやっていたとかそんなだろう、皆上手い。振付(出演もあり)のサイトウマコトは大きなバレエ団への振付の仕事なども多く、群舞どんとこいな振付家。3人で踊りまくるアンサンブルが見ごたえあった。

阿比留修一のソロ。こういうの観てるときに一番ダンスを見る幸せを感じる。さしたる演出もない、音楽がかかって、ただ自然と動きを紡いでゆく。心やすらぐ。

在日コリアン女性のYangjah(やんじゃ)はまるで吉祥天女のようであった。いつも地上からちょっとだけ浮いてそうな存在感が独特。

下村唯 + 村上真奈美は近大舞台芸術専攻の学生。プロデューサーの上念さんが学内の発表会で観て感動し連れてきたそうだ。ふたりとも滅法格好よく、ぜひこれからもダンサーとして活動を続けて欲しいと思った。

サイトウマコトとMomo Diri Marble(樋口未芳子+丸井知世+村上麻理絵)『木蓮沼』
阿比留修一 『どうしようもないワタクシが踊っている2』
関典子 『刮眼人形』
Yangjah + Jerry Gordon 『太陽の子 月の子』
下村唯 + 村上真奈美 『めぐり めぐらす』(振付/碓井節子)